綺麗な言葉と汚い行為と汚い言葉と綺麗な行為と

一言で片付けるのは非常に簡単で、知的障害者と結婚した>>1には大きいHワードがあって、子猫を殺した坂東眞砂子氏には大きいHワードが無かった。
知的障害者の子供が生まれ、親が子宮摘出などの避妊手術を受けさせる事もある。セックスボランティアが存在し、性処理を行う慈善事業またはビジネスもある。
きっと殺す事もある。検査で、生まれる子供が障害児だと分かって、中絶手術を受ける人は少なくないのでは。自分が障害児を育てる技術を持たないと思うのであれば、それは1つの選択肢として認められるべきだろう。
ほぼ同時期にはてなブックマークのhotentryに挙がったこの2つの記事は、非常に似ている。
共に、少なからずあり得る事で、意見は必ず分かれる。
一方は非常にありふれたただの恋愛で、その登場人物が知的障害者だったというだけで、コメントが溢れている。
一方は暗黙の選択肢で、少なからずやっている人は居て、ただ誰も口にしなかった行為という事で、コメントが溢れている。
どちらの行為も、僕は賛成である。
普通の恋愛についてのコメントは必要無いし、考える必要も無い位ありふれた事だろう。要するに>>1はツンデレだったという事だ。
子猫殺しは、公に言った事については賛成出来ない。言って何になる。こういう批判が寄せられるのは当然だろう。行為に対して批判は無い。育てられないなら飼い主は猫を殺すべきだし、親猫が子猫を育てられると思うのならば猫家族は飼い主から離れれば良い。飼われている以上、猫は主に従うのは当然だ。
知的障害者も猫も、判断出来ない対象として扱われているのか、その様な前提の意見が少なからずある。どちらも、別に綺麗なものでも可愛いものでも無い。生物として、生きることについて判断することも考える事も出来る。発信者である>>1と坂東眞砂子氏も同じく判断する事も考える事も出来る。
欲望に生きる事も、殺す事も、汚くない。むしろ、綺麗だ。
では名コピペを。

汚い猫を見つけたので虐待することにした。
他人の目に触れるとまずいので家に連れ帰る事にする。
嫌がる猫を風呂場に連れ込みお湯攻め。充分お湯をかけた後は薬品を体中に塗りたくりゴシゴシする。
薬品で体中が汚染された事を確認し、再びお湯攻め。お湯攻めの後は布でゴシゴシと体をこする。
風呂場での攻めの後は、全身にくまなく熱風をかける。その後に、乾燥した不味そうな塊を食わせる事にする。
そして俺はとてもじゃないが飲めない白い飲み物を買ってきて飲ませる。
もちろん、温めた後にわざと冷やしてぬるくなったものをだ。
その後は棒の先端に無数の針状の突起が付いた物体を左右に振り回して猫の闘争本能を著しく刺激させ、体力を消耗させる。
ぐったりとした猫をダンボールの中にタオルをしいただけの質素な入れ物に放り込み寝るまで監視した後に就寝。