人との会話

幸いにして、分別があり人付き合いが良く良識がある我が友人達は(少なくとも僕の前では)言った事が無い(と思う)が、『火曜サスペンス劇場』を録画するためにビデオの使い方をマスタし新聞のテレビ欄を読んだだけで殺人ドラマの犯人を言い当てる我が家でのサスペンスの女王である我が母親には僕が高校を卒業するまでに数回指摘された、僕に関するある事象がある。
人と、会話を続けようとしない。
例えば誰かに会って(テストが終わった直後でも良い)、「どうだった」と社交辞令的話掛けで会話が始まった場合、僕は「こうだった」と答える事があっても、僕が「どうだった」と聞き返す事がほとんど無い。
それが社交辞令であるのか、本当に僕の数日の境遇を聞きたくて(あるいはテストの出来を聞きたくて)発した質問なのか、僕が判断が出来ないので、聞き返す事が社交辞令になるのか、その人が僕に対して聞きたい事を今度は僕が聞きたくて発した質問になるのか、相手も判断に困るだろうと思うのだ。僕は、多分、聞いたって良いのだけれど、聞き返す事はほとんどしなかった。
時々母親にそういうやり取りだけ伝えた時(何故そんな事を母親に話す事になったのか今となっては覚えていないが)、何故こちらから聞き返さなかったのだ、とか、挨拶でしょうが、とかウンタラクンタラ言われてうんざりするが、そういう考えは僕にはよく分からない。
「参考」の女の話云々が、話の抽象化の度合いの問題であるならば、この僕の話はあまり関係無いのだが、もし、話を広げるため、とか、相手を話に乗せるため、とかの結果であるならば、多少は関係する事なので、不意に思い出した。
今は、少しは、変わったと思うが。