本棚傾向

Pythonの本が1冊も無い様に、ある時期から言語に特化した本はあまり買わなくなった。全く買わなくなったわけでは無く、ネットで調べられる言語の仕様や書き方で十分、という感覚が時々現れるようになり、本を買うまでも無いや、と考える事が増えた。
本は全文検索が出来ないし、アクセスしたい時に持っていなければならない。それに比べてネットワーク上にデータを置いておけば、ネットワーク環境さえあればいつでもアクセスできる。例えば、メモを時々はてなダイアリーに書いているのは、必要な時に携帯で見られるようにするためだ。
だから、買う本は、漫画や小説を除けば、もっと感覚的、概念的、網羅的なものが増えた。時事ネタでも、ネットワーク上ではまとまっている事は少なく、まとめられたものは大抵書籍として現れる。そうやってお金を稼いでいるのだ。不満は全く無い。
まだまだ、紙の本は無くならないだろうなと思う。ノスタルジィでは無い。早く無くなって欲しいと思っている。カシオの電子手帳に青空文庫のデータを入れて、時々読んでいるが、画面が小さくフォントが綺麗で無いので読み難い。ノートパソコンで文章を読む事があるが、本ほど軽くないので読む姿勢がある程度制限され、読み難い。専用ハードウェアも、何度かイベントで見て触ったが、何故か広まらない。IPv6と同じ境遇なのかもしれない。
本が、ハードでなく、ソフトになる事に、何の不安があろう。重要なのは中身だ。