破壊評価

学校の試験に限った話ではなく、最近話題のオリンピック等、一発勝負というのは割と破壊的である様に感じる。
学力テストもスポーツの試合も、その対象者を絶対的、あるいは相対的に評価するために行うために、何らかの共通の制限を設けて(その制限とは、時間であったり、場所であったり、道具であったりする)、その中で得られた成績、得点をその評価の結果とする。
例え、その評価の場の以前に、1年間の訓練期間で得られた技術があろうとも、一夜漬けの取って付けた技術しか持っていなかったとしても、その「本番」で得られるものが、最終的に「全て」となる。勿論、長い時間の訓練の成果をきちんと表せる人は、他の人よりも良い結果を得ることが出来るだろう。そうでなくとも、所謂天才、あるいは既知であり熟知している自分に向いている方法で本番に臨めば、良い結果を得られる。
しかし、「本番」は一度である。失敗も起こり得る。もしそんな事態が引き起こされれば、全て、おじゃんである。パァである。こうなってしまえば、それまでの行動、功績、可能性は全て、「現実」によって打ち壊される。
嗚呼、無情。
kitty magnet
kitty magnet posted by (C)Yoshiyasu